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中国の産権取引(R)について
当財団法人では、このたび上海連合産権交易所(中国最大規模)の特別会員となりました。
当財団は上海連合産権交易所への情報登録、情報収集等がダイレクトに出来ます。 産権交易所とは、1990年代中期、中国国有企業改革を行った際に、国有資産と集団資産の譲渡、売買といった資産処分行為をさらに公平化、透明化、合理化、効率化を図るために、国有資産監督管理委員会の指導のもとで各地に設立されました。 その主な機能は、
業務範囲は、
セミナー前の予備知識として、セミナーをもっと深めるために。
実務中心のセミナーでは伝えきれない、産権交易所の姿をお伝えします。 日本で一番詳しい産権交易所のコンテンツ、はじめました。 中国の産権交易所について 最近になって、産権交易所という言葉が時折メディアに登場するようになりました。それでも時折といったところで、多くの皆さんには耳慣れない物だと思います。産権交易所とは、世界に類を見ない巨大総合財産権取引市場です。 そこでは自動車や不動産などの実物資産、特許権などの無形資産はもちろん、中小企業向け融資取引の舞台となったり、また資本取引の舞台となって会社そのものが取引されたり、国有・公有資産の公売が行われたり、公共入札の舞台ともなったりと、ありとあらゆる取引が行われています。 「財産としての価値ある物」「上場株式以外」ならば原則何でも取引できるのが、産権交易所の大きな特徴で、後で述べるように取引方法にも自由度があります。 下の写真は、許可を得て上海連合産権交易所を撮影させて戴いたものです。
上海連合産権交易所は、上海の地下鉄2号線の人民広場駅にあり、近くには役所が立ち並んでいます。建物の中身はとても綺麗で、電子ボードなど、証券取引所と似た雰囲気です。 これも後に説明しますが、産権交易所と証券取引所は、共に公的市場インフラとして、互いに支え合いながら中国の経済発展を支え合った双子の兄弟のようなものです。 似ていても当然と言えるかもしれません。 産権交易所の歴史(1)
中国で初めて産権交易所が設立されたのは1988年、今から20年以上も前の話です。
第一号の産権交易所が誕生したのは武漢産権交易所です。 この武漢産権交易所は、ある事件がきっかけで一度閉鎖させられた後、吸収されてしまいましたが、しっかりと現在の武漢・光谷連合産権交易所に受け継がれています。 初期の産権交易所は、現在のような総合財産権市場ではなく、国有資産の公売を行う役所の一つでした。価格は市場原理で決定されるのではなく、公定価格が決められていました。 産権交易所が生まれた中国の当時の経済背景には、段階的市場原理の導入により、国有企業の競争力が衰退し、国家の財政的負担と化していました。 そこで「不良事業性国有資産」を処理し、財政を健全化する必要があったのですが、そこには一つの大きな問題があったのです。 これが日本なら、不良事業性資産を売却するなら、一般的に中古機械を取り扱う機械商社や、不動産屋さんなどの仲介システムを通じ、マーケットで処理する事が出来ます。 しかし、社会主義経済下では自由な経済活動は認められず、経済活動は原則政府の活動となるので、仲介システムを政府が作る必要があったのです。 そのような経緯から、公売市場としての産権交易所が誕生しました。 国有企業資産の買い手となったのは、農業改革で所得が向上した農家の人達の消費を担う、当時新興の公営企業でした。 結果として、産権交易所は資産の効率的利用を推し進める事に成功しました。武漢で始まった産権交易所の成功は、翌年時点で中国全土に24取引所が設立された事から明らかだといえます。 そして、1990年代前半に市場経済が導入されるとともに、産権交易所は更に早いペースで全土に設立され、最終的にはその数は200を超えるようになりました。 産権交易所を通じた経営性資産の利用効率の向上は、中国の経済発展を支える大きな基盤となっていったのです。
産権交易所の歴史(2)
産権交易所の設立ラッシュとともに、産権市場は証券市場の取引高を大きく上回る急拡大を遂げ、まさしく中国一の巨大市場となりました。
そして、産権交易所はこの時点で通常の公売市場とは異なる性質を持つようになりました。 会社制度を導入された事により、国が保有する国有企業株式が産権交易所で売買されるようになり、資産取引に加え資本取引が行われるようになったのです。 なお、会社制度導入以前は、法人形態を採用していない国有企業が、経営性資産の完全譲渡をする事で実質的に資本取引に近い事が行われていました。 会社制度導入以降も、このスキームはM&Aの中心的形態を占めており、90年代には産権交易所を通じた非法人の小型国有企業の売却処理が数多く行われています。会社制度の導入以降は、このような疑似資本取引に加え、非上場企業の新株の発行による資金調達などの舞台ともされました。 当時中国は空前の株式ブームであり、上場によるキャピタルゲインを狙い、非上場株の取引は加熱しており、産権交易所以外にも、私設証券取引所で多くの非上場株が取り引きされ、それらは非公式資本市場を形成していきました。 中には、地方政府による無認可の証券取引所なども存在していたようです。 このような非公式資本市場の拡大は、公式市場の規制を逃れる形で無秩序な取引を拡大する事に繋がり、ほどなくして大きな社会問題となりました。 産権交易所に関して特に問題とされたのは、本来の「国有資産の不当廉売の防止」という目的に反し、不当に低い公定価格による国有企業の株式(又は有限公司の出資持ち分権)の売り出しです。 非公式市場の過熱が、このような株式の乱発は無計画・無秩序な資金調達を誘発し、会社関係者の資金の私的流用を招き、国有企業の企業価値低下を招いた事で、国務院は一時産権交易所の活動を強制的に停止させ、規制強化に乗り出す事になりました。 最終的に1998年に証券取引委員会の手によって、第一号の武漢産権交易所など、幾つかの産権交易所が廃止された事で事態は収束に向かいましたが、市場に真の安定が訪れるためには抜本的な改革が求められていました。
産権交易所の歴史(3)
90年代の市場の混乱は、市場に根源的な問いを投げかける物でした。
市場は節度ある取引の為のルールを必要としていましたが、そのためには証券市場とは異なる産権市場独自の存在意義を明確にする必要がありました。 産権取引の根幹となるのは、第一にその客体の柔軟性です。そこで、その柔軟性を損なわず、証券市場との役割を明確化するために、取引の対象を「あらゆる財産権及びそれに付帯する権利」としながらも、上場株式の取引及び、株式の連続的売買が禁止されました。 なお、「財産権に付帯する権利」というのは、財産法の立法が追いつかない中で、条文にない非典型的な権利を幅広く保護するために図るために付与された文言です。例えば、店舗建物所有権に付随する経営権(条文上存在しない)などは、「財産権に付帯する権利」となります。 そして、過去の国有資産の不当流出を招いた反省から、国有資産取引の一般規定の制定や、監督行政の独立など、国有資産取引に関わるルールが整備されました。 このような抜本的改革を経て、産権交易所の新たな発展の基礎が形作られ、市場は安定を取り戻していったのです。 産権交易所の歴史(4)
産権市場の改革が一段落した頃、中国では大きな変化がありました。2003年のWTO加盟を機に、中国が国際市場に組み込まれる事で、国内市場には大きな再編の波が押し寄せたのです。 日本でも金融ビッグバンをきっかけに、金融機関の再編が促されたように、中国でも国有企業を中心に大規模な企業再編が起こりました。 そして、その再編の舞台の中心となったのは各地の産権交易所です。 例えば、上海電気(総公司)は2004年に上海産権交易所で、子会社の出資持分一部売却を行い資金調達を行っています。 これにより、上海電気はコア業務への資本集中を行い、採算の悪いノンコア業務に外資を導入し再建を図り、香港市場への上場を果たす事が出来ました。 なお、この時同社の子会社の持分の買い手となったのは欧米資本です。 会員部の王氏によれば、上海産権交易所に限っても欧米系の取引会員は現在5社あり、産権市場への参入を果たしています。 第1号の外資系会員企業はドイツの証券会社だそうで、WTO加盟を狙い、早くから世界は動き出していたのです。 WTO加盟が産権市場に与えた影響は、市場の拡大や、プレーヤーの多様化だけではありませんでした。 現代産権取引の発展の軸となる「産権・産権取引の多様化」もまた、WTO加盟がきっかけとなりました。 WTO加盟に伴う知的財産関連法の整備を経て、中国には技術産権交易所が設けられました。これまでの産権交易所と技術産権交易所の大きな違いは、技術産権交易所は中国企業の技術導入・資本導入を目的とし、科学技術部による国家的政策として設立された事です。 技術産権交易所を筆頭とする新たな産権交易所の登場は、産権交易所がかつての国有資産公売市場から、総合財産権取引所に変わりゆく象徴となりました。 開放政策から10年を経て、国有資産処理の一段落、民間経済の発展、国際化という流れの下、産権市場も変化する必然がありました。 現在、産権交易所全体での国有資産シェアは半分に低下し、純然たる民間取引が市場の成長を牽引しており、また技術産権交易所の他にも、排出権などを取り扱う北京の環境産権交易所や、版権などを取り扱う上海の文化産業権交易所、途上国向け投資を取り扱う同じく上海の国連南南全球技術産権交易所などが創設され、産権取引も様々な広がりを見せています。 産権取引の現在と未来(1)
発展著しい現代の産権市場も、幾つかの問題を抱えています。第一は、国有資産を巡る不透明な取引が今なお存在する事です。 市場の秩序を巡る問題は90年代初頭までにあらかた解決したといえますが、今なお鑑定評価の操作を利用した、国有資産の不当廉売などが指摘されています。 第二は、市場の分断が発生している事です。2008年のデータによると、取引の8割以上が同一地域内の取引であり、地域間を跨ぐ取引は約14%に留まっています。 上位取引所への取引高の集中がこのような弊害をもたらしているとされ、また市場分断の対策として生まれた共同市場も、地域間取引の拡大にあまり寄与していないとされています。 また、地域間の分断は、法令面からも指摘されており、非国有資産の取引を巡るルールは統一されておらず、現在は各産権交易所ごとに異なる条例が採用されています。 例えば、上海連合産権交易所に適応される条例は、上海政府36号令「上海市産権交易市場管理弁法」となりますが、この条例は当然ながら北京や大連の産権交易所に適応されるわけではありません。 しかし、2008年から、このような市場分断の問題を解決しようとする大きな動きがありました。 上海・北京・重慶・天津の4大産権交易所が「上海協議」を締結し、取引規則の統一を行う事で合意し、またシステム統合に向けた取り組みを行うと発表しました。 この上海協議は、政治主導ではなく、各産権交易所が自主的に行ったものとされています。 中国の産権交易所は、このように産権市場全体の発展に高い意欲を持っています。 また、国内の市場統合だけでなく、上海連合産権交易所が、国際連合と共同し国連南南全球産権交易所を設立したり、天津産権交易所がアメリカのシカゴ気候取引所と共同出資で天津排出量取引所を設立するなど、世界を意識した取り組みも行われています。 国内市場の統合や、海外市場の取り込みを経て、今後産権市場はますます成長してゆくと考えられます。 |
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産権市場の改革が一段落した頃、中国では大きな変化がありました。
発展著しい現代の産権市場も、幾つかの問題を抱えています。